
極薄のすりあわせ、締まり具合、開放方法、ヒンジ、インターフェイス。確認したい!
大人は金を払って勉強せねば、と思った感じは小学生の時、月間学習誌「学習」と「科学」が出る時、当然付録目当で「科学」をワクワクしながら待ったときめきを思い出した。
そして思いださえれるのが、初めてDuo230に触れた時の感動と所有欲、280cの早さとカラー表示の感激、250のトラックボールの素晴らしさとモノクロの奥深さ、中庸のバランスから得た人生観。パラッと、苦しく楽しかったハードウェアライフが駆け巡ってしまった。
当時AMIGAにのめり込んでDockが買えず、開き直った中途半端な挫折感と反骨精神。
この薄さを見た時当時の自分を思い出す。
この感じは SONY凋落前の崇拝者だった自分が代替えを求めている時にピタッと嵌まる対象であったようだ、多分ちょっと前のAPPLE好きにはこういう傾向の人間が多いのだろうな。
理系の人間は常にこういう拠り所を求めているようだ。
やはり、
アンドロイドは電機羊の夢を見る のか?